20090302:case1
灯台の伝説は、庭師と姫の二人で成就されたのでした。
真咲先輩と一緒に、灯台を後にする。
階段を下りるときに、何気に手を出されて。あ、そうか。恋人だもんね、って気付いてかなり照れくさい。多分今、わたしの体温は何度か上がってると思う。でも先輩もそうだよね? 少し緊張してる? あんなにしょっちゅう会ってたのに。表情とか何だか少しだけ違う感じ。
「んじゃまあ、今日は帰るか。送ってってやるから」
少し離れた場所に置いてあった先輩の車に乗り込もうと助手席側に回って、ドアを開けようと思ったら、先輩がさっとドアを開けてくれた。エスコートされてるみたいだなあ。
ドアを開けた助手席に見つけたのは、小さい花束。くるくると巻かれた2色のリボン。ラッピングの色使い。店長の作った花束だ。でもこの花の選び方は…有沢さん?
「先輩、これって?」
「おう、店長と有沢からの卒業祝い。『卒業おめでとう。大学に入ってもアンネリーをよろしくね!』だとさ。お前さん、信頼されてるからなあ。大学入っても手放さないってさ」
「わあ、嬉しいなあ。次のバイトのときにちゃんとお礼言わなくちゃ」
卒業式のときに学校から一輪花を貰ったけど、お花はどれだけ貰っても嬉しい。嬉しくて顔が緩んでくる。貰った花束を膝に乗せて助手席に収まると、先輩がドアを閉めてくれた。 …そのまま待っていたら、何やらトランクを開ける気配。何か荷物でもあるのかな。そうしてる間にトランクは閉められて、運転席のドアの音。
あれ? 先輩? 何持ってるんですか?
「それで、これは…俺から。卒業、おめでとう」
ばさり、と音を立ててわたしの膝にさっきのよりも大きな花束が降ってきた。たくさんの元気な色の花。見ているだけで嬉しくなりそう。これ、先輩が全部作ってくれたんだ。分かっちゃう。花の選び方とか、ラッピングの雰囲気とか、リボンの巻き方とか、色の合わせ具合とか。凄く先輩らしい。
「……ありがとうございます。凄く、嬉しい」
花束を顔の近くに寄せてみた。いい匂い。やっぱり花って好き。見ているとくれた人の気持ちまで伝わりそうで。
「ん。喜んでもらえるなら、何より。それから」
運転席に腰を落ち着けた先輩がそこで言葉を切った。ふ、と息をついて、こちらを見る。目が合う。
「ありがとう」
「……どうして?」
思わず、口から言葉が零れ落ちた。お礼を言うのは、お祝いを貰ったわたしの方なのに。
「俺を、選んでくれたこと。バイト先にアンネリーを選んでくれたこと。はね学を選んでくれたこと。それら全部をひっくるめて。ありがとうな」
「だって、それなら先輩だって」
「まあ、そうと言えばそうだけどな。だけど、俺はお前の選択に感謝してる。お前が選んだからこそ、今、こうしてると思ってる」
ぽん、と肩に手が乗った。
「これからも、ずっと、隣にいられることに感謝してる」
ずるい。そんな風に言っちゃうのってずるい。
わたしだって、先輩に出会えたことに、今こうしてここにいられることに、これからずっと隣にいられることが嬉しいのに。嬉しくて、運命の神様に感謝してるのに。先輩ばっかりいいこと言っちゃって。
「ん? どした?」
黙りこくって花を抱えたまんまのわたしを気遣ったのだろう。
「───わたしだって、そうだもん」
それだけ言うと、肩に乗ってた先輩の腕を取って抱きかかえた。そのまま袖に顔を埋めて、言葉を紡ぐ。
「わたしだって、凄く凄く凄く先輩がここにいてくれて嬉しいもん。なのに、先輩ばっかり一杯ありがとうって言っちゃうの、ずるい」
分かってる。先輩は何にも悪くない。ただ自分の気持ちを言っただけ。
ことばではさきまわりされたから。
それなら。
それいがいのほうほうで、つたえてみる。
シートから腰を浮かせて、顔を近づけて。
そうっと唇を重ね合わせた。わざとゆっくりと。
伝わりましたか? 『ありがとう。だいすき』って。
夕焼けの逆光で分かりにくかったけど、先輩が笑ってるのが見えた。